交配する場所と、選ぶ場所
来歴文書を読んでいると、交配した場所と選んだ場所がほぼ必ず違うことに気づきます。 それは偶然ではなく、制度がそう作られていたからです。
2つの制度
序のついた古い文書が、仕組みを説明しています。制度は2つありました。
8区の体制(昭和2年度〜)
水稲の優良新品種を育成せんが為、本省においては昭和2年度より気候土質等により全国を8区に分ち、各区毎に1地方農事試験場を指定し経費の全額を交付して本省農事試験場を枢軸とし相互に密接なる連絡を保ちつつ試験を施行するの組織を採れり。
即ち本省農事試験場においては多数品種に付き人工交配を行うと共に雑種初期世代の処理を行いその有望と認むる雑種を指定地方農事試験場に配付し、指定地方農事試験場においてはこれが地方的適応性の検定に関する試験を行いつつ固定を図り
国が交配し、県が選ぶ。経費は全額国が出す。 水稲農林6号・8号・20号・北陸19号・農林19号の序です。
凶作防止試験(昭和10年〜)
東北地方における農作物凶作防止の一対策として本省においては昭和10年より東北6県地方農事試験場を指定して経費の全額を交付し
その有望と認むる雑種を東北6県地方農事試験場における凶作防止試験地に配付し、右試験地においてはこれが地方的適応性の検定に関する試験を行いつつ固定を図り、さらにこれを当該地方農事試験場における凶作防止試作地に移してその適良なるを確め
東北6県だけの、別の制度です。水稲愛子2号(宮城)と水稲遠野2号(岩手)の序。 国の試験場 → 県の「凶作防止試験地」 → 県の「凶作防止試作地」と、3段階になっています。
この制度のために作られた試験地が2つあります。
| 県 | 試験地 | 創設 | 出た品種 | 系統名 |
|---|---|---|---|---|
| 宮城 | 愛子試験地 | 昭和10年 | 水稲愛子2号 | 愛系3号 → あ系3号 |
| 岩手 | 遠野試験地 | 昭和10年 | 水稲遠野2号 | 遠系3号 |
同じ年にできた2つの試験地が、どちらも農林1号の子を1つ出し、 系統名がどちらも「3号」で、品種名がどちらも試験地の名前。
鴻巣が交配し、各地が選ぶ
交配を引き受けた国の試験地のうち、文書にいちばん多く出てくるのが鴻巣試験地です。
| 鴻巣で交配 | 選んだ場所 | 交配年 |
|---|---|---|
| 水稲愛子2号 | 宮城(愛子試験地) | 昭和6年 |
| 水稲遠野2号 | 岩手(遠野試験地) | 昭和7年 |
| 水稲農林50号 | 宮城 → 古川 | 昭和11年 |
| コガネナミ | 新潟 → 福井 | 昭和16年 |
| ヤエホ | 島根 → 出雲 → 島根 | 昭和16年 |
| ナツミノリ | 宮城 → 古川 | 昭和16年 |
| ワカサ・ヤマホナミ | 出雲 → 福井 | 昭和21年 |
ひとつの試験地で交配された種が、北は岩手から西は島根まで散っています。 そして散った先が違えば、同じ交配から出ても別の品種になります。
試験場の名前は変わり続ける
文書は、書いた時点の組織名を括弧で補います。 交配したときの名前では、もう引けないからです。
| 文書 | 括弧の中 |
|---|---|
| ナツミノリ | 鴻巣試験地(現農林省関東々山農業試験場) |
| ナツミノリ | 農林省古川農事改良実験所(現古川分場に移転) |
| ヤマセシラズ | 東北支場(現東北農試栽培第一部) |
| ミネアサヒ | 稲橋分場(現愛知県農業総合試験場山間技術実験農場・指定試験担当) |
| ヤマフクモチ | 農林省中国農業試験場(当時姫路市) |
ヤマフクモチの括弧は組織名ではなく所在地です。 名前は変わっていなくても、場所が変わっている。
チョウカイの文書は、移転と改称を一文に押し込んでいます。
宮城県立農業試験場…爾後同場並びに昭和22年以降古川分場内に移転して(昭和22〜25年は農林省古川農事改良実験所として)育成選抜したもので
同じ場所が、4年だけ国の実験所だった。
そしてチヨヒカリの文書は「当場」と書いて、その名を書きません。 このサイトの育成地の欄は「当場(文書は場名を書いていない)」としています。
県をまたいで早回しする
制度の外側で、場所を使う手もありました。
ムツコガネは青森→鹿児島→青森、 ニキサカエは同じ場の指宿試験地で冬を使う。 どちらも暖かい土地を世代を進めるために借りています(何代目で配られたか)。
このサイトが決めていること
- 育成地の欄には、文書が書いた順にそのまま並べる。 「鴻巣試験地(交配)→ 出雲 → 福井 → 福井県立農事試験場」のように。まとめない
- 文書が組織名を書いていなければ、書かない。 系統名や採用県から見当がついても、「当場(文書は場名を書いていない)」と書く
- 括弧の「現〜」も引用に含める。括弧が、名前の変わり目を示している
出典
- イネ品種データベース検索システム 交配系譜図「近畿9号(水稲農林6号)」 農研機構 次世代作物開発研究センター ・ 確認日 2026-09-10
- イネ品種データベース検索システム 交配系譜図「近畿15号(水稲農林8号)」 農研機構 次世代作物開発研究センター ・ 確認日 2026-09-10
- イネ品種データベース検索システム「北海86号(水稲農林20号)」品種来歴文書 農研機構 次世代作物開発研究センター ・ 確認日 2026-10-01
- イネ品種データベース検索システム「北陸19号(水稲北陸19号)」品種来歴文書 農研機構 次世代作物開発研究センター ・ 確認日 2026-10-01
- イネ品種データベース検索システム「北海79号(水稲農林19号)」品種来歴文書 農研機構 次世代作物開発研究センター ・ 確認日 2026-10-01
- イネ品種データベース検索システム「あ系3号(水稲愛子2号)」品種来歴文書 農研機構 次世代作物開発研究センター ・ 確認日 2026-10-01
- イネ品種データベース検索システム「遠系3号(水稲遠野2号)」品種来歴文書 農研機構 次世代作物開発研究センター ・ 確認日 2026-10-01
- イネ品種データベース検索システム「東北50号(水稲農林50号)」品種来歴文書 農研機構 次世代作物開発研究センター ・ 確認日 2026-10-01
- イネ品種データベース検索システム「越南5号(コガネナミ)」品種来歴文書 農研機構 次世代作物開発研究センター ・ 確認日 2026-10-01
- イネ品種データベース検索システム「山陰47号(ヤエホ)」品種来歴文書 農研機構 次世代作物開発研究センター ・ 確認日 2026-10-01
- イネ品種データベース検索システム「東北58号(ナツミノリ)」品種来歴文書 農研機構 次世代作物開発研究センター ・ 確認日 2026-10-01
- イネ品種データベース検索システム「越南15号(ワカサ)」品種来歴文書 農研機構 次世代作物開発研究センター ・ 確認日 2026-10-01
- イネ品種データベース検索システム「越南18号(ヤマホナミ)」品種来歴文書 農研機構 次世代作物開発研究センター ・ 確認日 2026-10-01
- イネ品種データベース検索システム「東北56号(チョウカイ)」品種来歴文書 農研機構 次世代作物開発研究センター ・ 確認日 2026-10-01
- イネ品種データベース検索システム「東海6号(チヨヒカリ)」品種来歴文書 農研機構 次世代作物開発研究センター ・ 確認日 2026-10-01
- イネ品種データベース検索システム「東北63号(ヤマセシラズ)」品種来歴文書 農研機構 次世代作物開発研究センター ・ 確認日 2026-10-01
- イネ品種データベース検索システム「中国糯19号(ヤマフクモチ)」品種来歴文書 農研機構 次世代作物開発研究センター ・ 確認日 2026-10-01
- イネ品種データベース検索システム「中部17号(ミネアサヒ)」品種来歴文書 農研機構 次世代作物開発研究センター ・ 確認日 2026-10-01
- イネ品種データベース検索システム「ふ系62号(ムツコガネ)」品種来歴文書 農研機構 次世代作物開発研究センター ・ 確認日 2026-10-01